私が成功と思う目的を具体的に書きます。
82歳で成功すると信じて歩む私。
どのような私の姿を成功と思うのか。
ビジョンを明確に宣言する。
私は、弁理士。
弁理士として世間の信頼を得る立場を得ることは必要。
私が成功と思うものは、その先にある。
学校の設立、そして、経営、運営である。
私の父が生前、ポロっと漏らしたのは、「学校を経営すればよかった」という言葉。
臨終の場に居合わすことのできなかった私の心に年を経るごとに強くなるのは、その言葉。
「どんな学校?」
この問いに対する答えは、私の母からやってくる。
音楽学校だ。
母の死後、私は、急に音楽の能力が開けたと感じる。
天上で音楽を奏でる人々が、地上におけるすぐれた音楽に触れたがっている。
そして、私の開く楽譜を覗き込みにやってくる。
それを私は感じる。
私は、その天上の人々の期待に答えて、音楽に向かう。
それにより、天上の人々が喜ぶのを感じる。
そして、その人々が私の音楽の能力を開いてくれる。
私自身が、これからの人生で達成できる音楽の成果。
それはさほどではないかもしれない。
しかし、私が感じるこの感覚、天上の人々と音楽についての経験を交換し合う感覚を、若い人々に伝えることができたら、その若い人々が華々しい成果をもたらしてくれると期待する。
この心境に私がいたるきっかけについて触れる。
私が、明確に天上の人々との間の音楽経験の交換を実感したのは、10年前(2006年平成18年)、四谷の麹町カトリック教会聖イグナチオ聖堂でのこと。
聖イグナチオ・ロヨラ没後450年。聖フランシスコ・ザビエル生誕500年。カトリック麹町教会70周年のお祝いで、ポルトガルから聖歌隊6,7人のメンバーが来てグレゴリオ聖歌を歌った。
その聖歌隊メンバーは、山の中の修道院にいた経験はあるけれど、今はふもとの教会で聖歌隊をやっている元修道士の方々であった。生涯にわたって修道院で過ごす修道士は、ごく限られた一部の人なのだろう。
来日した聖歌隊メンバーは、まるでささやくように歌う。
聖堂全体に声が響く。
天地が一つになって讃美する感覚。
感動が、私の肌にひたひたと伝わってくる。
その昔から歴史的に多くの修道士によって歌われて来た霊性の高い歌。
イグナチオ聖堂のその場に、多くの霊人たちが集って歌っているのだと直感した。
このような天上世界と地上世界との交流は、どんなに録音技術が進んだとしても、生演奏でしか感じられないものかもしれない。
クラシカルミュージックがいまだに世の中に受け入れられるのは、この天地の交流の場に居合わせたいという人々の願いに起因するものだろう。
演奏は、天地の交流の場であるという考え方に賛同する演奏家を集める。
それらの演奏家に、演奏の場を提供する。
それらの演奏家が、後輩に教える場を提供する。
コンサートホールと、
複数のレッスンスタジオとが集まった
複合施設から出発するのもよいだろう。
指導者が集まる目処がたったら学校設立。
最初の学校は、小中一貫校。
幼稚園では、各教室にピアノがあるのと同じように、
小学校、中学校でも、各教室にピアノがあるのが望ましい。
小中一貫校の卒業生が出るときまでには、
音楽高校も準備する。
高校卒業生が出るのにあわせて、大学も。
私は、その学園にあって、経営者、運営者の立場で、精神的な支柱となる。
天上と地上とをつなぐパイプとなる。
(2016年5月4日)
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